西郷どん 第35回「戦の鬼」

龍馬暗殺。西郷と龍馬は袂を分かったまま。龍馬が自分の刀で傷の具合を確かめる場面、カッコよかった。あと「(死ぬのは)今じゃない」のセリフも良かった。小栗旬さんめっちゃハマってた。龍馬ってこんな感じの人だったんじゃないかって素直に思えたのとても大事。そこが素晴らしかったからこそちょっと微妙に感じたのが、先々週の寺田屋事件と(まぁ襲撃事件という意味ではほぼ同じだから仕方ないんだけど)画面の印象がものすごい似てたこと。同じような構図で同じように襲撃事件を撮ってるので、二番煎じ感があって迫力が薄れた感が。前回は逃げられて今回は逃げられなかった、その運命を分けた差異も良くわからなかったし(お龍がお風呂に入ってたかどうかってことか?)、二回同じような場面を作る意味って何だったんだろう。

龍馬が死んで改めて吉之助は倒幕の決意を新たにし、ダーク西郷が爆誕して江戸での幕府に対する挑発行動を指示する。この部分を切り取って画面の中だけで見てるとドラマチックないいシーンなんだけど、どうしても「なんで突然ダーク西郷になることにしたの!?」という疑問から解放されない。西郷が何に苦悩して鬼になる覚悟を決めたのか全然わからない。龍馬が(例えば今現在の大久保みたいに)同じ理想を見据える完全な同士だったのならまだわかりやすい。でも龍馬は幕府に対する対応が違うと決別した相手だったよな?その龍馬が死んだことでなぜ倒幕に邁進するんだ?穿った見方をすると、龍馬が死んで倒幕がしやすくなった(幕府寄りの有力者がいなくなった)ことでここぞとばかりに勢いづいていると解釈も出来てしまう。ただ、そうするとあの苦しみながらダークに徹している(という演技に見える)吉之助と整合性がとれないので、多分そういう裏設定じゃないんだと思う。だとしたらなぜ…?わからない…わからないからダーク西郷にいまいち浸れない…鈴木亮平さんの演技はいつもいつも素晴らしいのに…。

ホントこれ残念なんだよな。ダーク西郷は演技そのものもいいし、あえて非道を行うというのは(昨年の小野但馬みたいな使い方もできて)物語に深みを与えてくれるいい題材だと思うんだけど、どうしてそう決断したかという重要な部分が省かれているせいで全然深くなってない。反面、設定も何もないのに演技だけでこのシーンを成立させる役者陣の実力をまざまざと見せつけられている気分。こういう方法で演技力をアピールできるというのは役者にとってどうなんだろう…プラスになるのだろうか…。

岩倉具視がこれまで御所に出仕しなかったのにはちゃんと理由があった!今回まで正式には謹慎解かれてなかったんじゃん!ん?てことは孝明天皇が許してくれたっていうのは何だったの?あの時は息子だけ許したんだっけ?わからない…謎。そしてやっぱり御所でのベタな大阪弁やっぱり気になる!孝明天皇はこのコテコテの大阪弁に耐えられずに謹慎を言い渡したのではないかと疑うレベル。御所会議?でもめちゃめちゃ騒がしく慶喜排除を叫んでて、確かに御所から排除したくなる気持ちもわからんでもない…。

「短刀一本で云々~~」のシーンはちょっと私の許容範囲外だった。アレはちょっとないわ…。多分こういう巷説があるんだろうとは思うものの、あそこまで露骨で稚拙でこれ見よがしな脅しに山内容堂があっさり屈するという描き方はもうちょっとどうにかならなかったのか。容堂下げには成功しているものの、それが全く西郷上げには繋がっておらず、ただただ容堂の小者っぷりをあげつらうような描写になってしまっていた気がする。せめて薩摩に屈せざるを得ない理由を(西郷の稚拙な脅しだけではなく)もっと描いてくれたらなぁ…。これじゃ茶番ですよ、茶番。久光の描き方を見るに、ダメっぷりを描いたとしても十分に魅力あるキャラを作ることができるはずなんだけどなぁ。といつも下げ要員キャラを見ては悲しい思いに浸る。

そして次回予告に篤姫出てた!まさか…まさか次回もう江戸城無血開城だったりして。早すぎる…!!