おんな城主直虎 第35回「蘇えりし者たち」

よかった、さすがに三週連続での鬱展開はなかった。再生と復活の物語。

政次の死のショックで死人のようだった直虎が、気賀の惨状を知って飛び起きて走り出す姿に切ない力強さを感じる。ショック療法的な効果なんだろうけど、政次の死に対抗するショックとして気賀での虐殺って重すぎるだろ…でもそれくらいの衝撃じゃないとこちらの世界に戻ってくることは出来なかったのかもな。

たった一人でも生き残った者がいて、なんとか助けることが出来たという事実が、直虎を、南渓和尚を、そして方久を救った。絶望にうちひしがれる中での、小さなでも確実に身近にある希望がどれだけ支えになることか。そして龍雲丸にとっても、自分一人が悪運強く生き残ってしまったという事実に対して、直虎の「生きていてくれて良かった」という言葉がどれだけ許しを与えたことか。心に大きな傷を負いながらも生き残った者たちが、肩を寄せ合ってそれでも生きていく姿が力強かった。「ごちそうさん」でかっちゃんが死んだ後のめ以子の悲しみとその中でのあがきが、やっぱり同じテーマだったような。どんな絶望的な中でも人間は生きていけるし、生きようとしていいんだっていうメッセージに見えた。

全然関係ない…というか小さいことなんだけど、ああやって死体ばかりがゴロゴロとある戦場で、生存者を探すシーン。今回助かったのが龍雲丸だけっぽかったんだけど、こういう「一人だけが生き残る」ってエピソードって、傍から見てると「え、本当に一人だけ?大丈夫?みんな心音まで確認した?(龍雲丸みたいに)声出せないけど生きてる可能性ない!?」って心配になる。

直虎が龍雲丸に対して「勝ちとはなんであろうか」って独り言のように問いかけるのが印象的だった。城を追われ、政次は失ったものの、家の者はみんな生き延び、民百姓を戦に取られることもなく生きている井伊家と、家長を失ってまだ幼い跡継ぎが戦場へ赴かなければならない鈴木家、井伊を奪ったもののその後も戦にかり出されて怪我をして二度と馬に乗れない体となった近藤殿。奪われた者としての恨みはあるものの、奪った相手も必死で生き、そして苦しんでいる姿に憐れみを感じるというのがものすごい説得感あった。直虎と一緒に徐々に許す心を修得してく感じ。

氏真と家康の会談。戦時中の疲れ切っていい感じに乱れた氏真の髪とメイクが職人技。表情の演技も素晴らしい~。そして繰り返し描かれる家康の厭戦気質。直後の酒井との「武田が黙っていますかな?」の後の表情といい、こうやって徐々に家康も成長していく姿が描かれるのがいい。そして氏真のお坊ちゃんぷりがやっぱりいい。「蹴鞠で勝負を決めればいい」とか突拍子もないこと言い出したと思ったら、その後自分で「でもそうなると蹴鞠が上手い者を争ってやはり争いが起こる」って本質ついた発言させるのが素晴らしい~!物事の真理を見抜くことが出来る聡明さがありつつ、あるいはあるからこそ、戦国を生き抜く才覚には恵まれなかった氏真。でもこの後自分が得意とする雅な知識で生き抜いていけるんだから、この人も戦に負けて勝負に勝ってるよな~と。

龍雲丸、髪縛ったまま水被ってたけど、そういうものなの…?あれが当時の一般人の慣習なのか、髪型がカツラだから崩すわけにいかないという大人の事情なのかわからない…多分大人の事情だと思うんだけど確信が持てない…

方久。酒井のあの残虐な独断以降、右往左往し目の光が消え抜け殻のようだった方久が、昊天さんの薬調合を見て銭の匂いをかぎつける感じにニヤリとする。世を儚んで死んで行った者を弔うわけでもなく(先週の予告は明らかにそういうミスリードだったよね?)、銭のために薬を扱う、そのためには僧にならなければならない、という現実路線一直線の帰依に「さもありなん」と。でも「死の商人」を厭わなかった方久が、「生の商人」になろうとしているのが良かったな。方久は方久のフィールドで、今よりはマシな世界で金儲けすべく復活するのが微笑ましい。

口移しで薬を飲ませたのは南渓和尚だ、からの南渓和尚の過剰なスキンシップに思わず笑い転げる直虎と、その笑顔を嬉しそうに見守る寺の僧侶たちが愛おしい。そして隠し里で流行しているらしい「伝わりそうで伝わらない(?)但馬物真似選手権」が可笑しかった。これどこまで脚本にあったんだろう?そしてこの物真似選手権のこと、高橋一生さんは知ってるんだろうか?あのみんなの物真似が、メタ的に撮影しながらみんなで笑い合って撮ってる感じがして、すごくすごーくいいなぁって。

それまで誰も触れなかった政次の話を、ああやってみんなが「こんなだったね」って言いながら笑い合うのって、最高に「但馬が今の井伊を守っている」ことになるよなぁって。そしてなつさんの涙と笑顔が尊くてなぁ…なつさんは政次が井伊のために尽くしていたことを誰よりも近くで見てきた人なので、あれほど忌み嫌われていた政次が、死してこうして井伊の民の中に生きているのを見たら、そりゃー嬉しかろう。

昊天さんたくさん出てきて嬉しい~

おんな城主直虎 第34回「隠し港の龍雲丸」

前回の政次の最期はツラい面もあったけど、どちらかというとドラマとしての見せ方に半ば興奮気味に「すごいものを見た」と思ってたものだけど、今回は完全に痛めつけられた上での絶望しての「すごいものを見ちまった…」だった。ある意味、あの衝撃の33話をそっくりそのまま伏線にしたような今回の34話だったような…。脚本に「あんな甘っちょろい物語で悲劇を語るな。真の地獄を見せてやる」と言われた気分…(血反吐を吐きながら)

何がツラいって、龍雲党に代表される「気賀の民」の死の無慈悲な無意味さ。いや、意味はあるのか。今川(というか大沢)に対する見せしめという、徳川側にとっての意味は、まぁ確かにある。でもそれは死んでいく民にとっては何の救いでもないわけで…誰に、なぜ、何のために殺されるのか、きっと誰もわからないままだったに違いない。ただただ「そういう時代だから」と散っていく、散らされていく命に言葉も出ない。先週の政次の死は、これと対比させるための、あの過度に装飾された死だったのかもしれない…あの舞台演出のような不自然な死に様には「フィクションはこうやって見せ場を作れるけど、戦というのは本来人の命が軽々と無意味に失われていくものですよね」って現実を突きつける意味があったかのような。先週のドラマに無邪気に感動した己の甘さを痛感する…どうしてこんな脚本書けるんだろう…脱帽。

ただ死んで行く民ってだけでもSAN値をゴリゴリ削られるのに、あそこが堀川城でそこに龍雲丸がいるという容赦のなさよ。龍雲丸には城に対する不信とトラウマがあったわけじゃないですか。それを直虎が(今となってはちょっと甘っちょろい感じで)「それなら理想の城を作ればいいではないか!」とか無責任に言って、あの堀川城が出来たわけじゃないですか。通常のドラマだったら、龍雲丸がトラウマを克服すべく作ったこの城によって、民を守り逃がすことができた、みたいな痛快な展開が待っているはずじゃないですか。ドラマってそういうものじゃないですか。それが、逃げるための隠し港で、逆に乗り込んできた援軍(?)に皆殺しにされるこの展開どうよ…自分の作った城で仲間が死んでいくのを目の当たりにする龍雲丸…鬼か…森下脚本鬼過ぎないか…(何度目だこのセリフ)

今回の最大のヒール役、酒井忠次。演技があまりに悪役すぎて混乱したけど、歴史上では最後まで徳川忠臣だし、井伊直政とも関係性悪くなさそうだし、何故こんなに悪意向きだしの演技なんだろう?ってちょっと気になった。意味のない憎まれ役を作るとは思えないので、森下さん的に何か意味があるんだろうとは思うんだけど。家康のことを軽んじてるようにも見えたけど、そのあたりもなんか伏線になってるのかなぁ。

三人衆鈴木殿と南渓和尚のやり取り。ここもちょっと「ん?」て思ったとこだったな~。鈴木殿自身が「近藤殿を諫めることが出来なかった」と反省するのはまぁ「いい人なんだな」って思うんだけど、そこまで責任感じることかなぁって。記憶が混濁してる直虎を見て恐縮もしてたけど、鈴木殿にとって井伊ってそこまで配慮する相手なんだろうか?視聴者は政次の真の姿や直虎との絆を知っているからこそのショックだけど、鈴木殿にとっては政次は井伊家を狙う奸臣のはずで、直虎の気の病みようにそこまで同情するもんだろうかってちょっと疑問に思った。疑問というより、なんていうか取って付けた感?

あと、南渓和尚。政次の辞世の句をわざわざ届けてくれた相手に「但馬を生き返らせる術を」とか言っちゃうのは八つ当たりが過ぎるような?これが直虎の言葉ならまだわかるんだけど(直虎は感情的にそういうことを言いそうなキャラだし)、これまで昼行灯決め込んでた南渓和尚がいきなり怒りをあらわに言うのが超違和感あったんだよな。私がこれまでずっと南渓和尚のキャラを読み間違っていただけなのか。後藤隊長もキレる時はキレるって話なのか。感情が制御できないくらい、絶望が深いという表現なのかもしれないけど、こっちも取って付けた感がなきにしもあらず。

これ、鈴木殿がこんなに恐縮しきってすまなそうにしてる&南渓和尚が怒りを隠しきれずに鈴木殿に八つ当たりするのどっちか一つだったら、上手く消化できた気がする。違和感が二つぶつかって、見ていてなんとなく白々しいというか、描写がくどいというか、言い訳めいてるというか。

あ~~~龍雲党が(頭以外…だよね?)みんな死ぬなんて聞いてないよ~~~~!ショック大きすぎるよ~~~~!早く来週の展開を見たい。

・「殿の手にかかったなら」って静かに政次の死を受け入れるなつさんから漂う未亡人感…!
昊天さん祭り!そして傑山さんの相変わらずの二の腕!!

 

おんな城主直虎 第33回「嫌われ政次の一生」

ひっさびさに、見終わってため息しか出ない壮絶なドラマを見た。なんかとんでもないものを見た。見終わっても全然自分の中で咀嚼できない、ものすごいものに押しつぶされたような感覚。圧倒された。打ちのめされた。

領主を追われてからの直虎が尼僧姿に戻っていたのはこのためもあったんだな。尼姿の直虎が槍で政次を突き刺すという構図の、あの絶望的な残酷さ、そしてそれなのに漂うあの壮絶な美しさ。殺生からもっとも遠いところにいるべき僧侶が、自ら家臣に対して呪詛を吐き、命を奪うということの罪深さ。あの「地獄へ落ちろ、小野但馬」という言葉の裏の、自らも共に地獄に落ちる覚悟が切なくも甘い。そう、甘いんだよ。あんなに苦しく切なく救いの無い場面だったのに、画面から放たれる強烈な甘美さ。放映された後ラブシーンだって言われてたらしいけど、やっぱりそうだよな。みんなそう感じるよな。女主人公が、自らの片翼である存在に対して呪詛を吐き突き刺して殺す迫真のシーンに、その裏の強い信頼と絆と愛情を感じずにはいられないんだよな。すごいよな。ドラマってこういうものを言うんだよな。やっぱり大河って面白いな。ってただただひれ伏すしかない。

隠し里での政次となつさんとのひとときがねぇ…政次の本当の素顔を垣間見てしまったような、なんともむず痒くも愛おしいシーンだった。こうやって見てるとよくわかった。おとわの前では、鶴は常に自らを律して張り詰めていなければならなかったんだな~。それは直虎を前にした政次になっても同じことで、もちろん政次が自ら望んでそうなっていたのだろうけど、それでもやっぱり常に張り詰めてるってツラいよな~。政次の運命の相手は間違いなく直虎しかいないのだけど、本当に素の、ただの一人の男としての政次は、きっとなつさんとのこういう小さな日常が似合う、ささやかで慎ましい男だったんだな~っていうのがしみじみとわかってしまってツラかった。「今だけは」って言うなつさんに「はい」って言った時の高橋一生さんの声色な!あの演技な!それまでと異質の、切り取られたような、二度とは訪れない幸せ空間。この壮絶な回にこのささやかな幸せをぶっ込んでくる脚本の鬼畜さな~ホントによくやるよな~大好きだ!

今回、作中で南渓和尚が直虎と政次を評して「お互いの片翼」って言ったのがね、すごい効いてた。何度も言うけど比翼の鳥、連理の枝である相手を「呪詛を吐いて刺し殺す」という行為の破壊力ハンパねぇ。これねー、二人の間にあるのが男女の愛じゃないからこそ自分はここまで感情を揺さぶられたんだと思うんだよな。根底に男女の愛がある「かもしれない」けど、絶対にそこには到達しないと無意識のうちにお互い決めている(でも確認はし合わない)二人が、最後まで憎しみあっているという演技をしながら、その観衆の面前で地獄での邂逅を約束してるシーンなんだよね。すごくないかこれ?こういうのにラブシーンて言葉をあまり使いたくないんだけど、それでもやっぱりラブシーンとしか言いようのない己の語彙の無さ、感性の鈍さが歯がゆい。でもこのシーンの衝撃を絶対私は忘れないと思う。本当にすごかった。

柴咲コウさんと高橋一生さんの演技、本当に素晴らしかったよ~。迫真にせまる直虎の「小野を憎んでいる演技」は、政次がほんの微かに唇を揺らすだけできちんと伝わったとわかるんだよな。その後の政次の恨み節で答え合わせできるんだけど、あの表情の演技だけでも完結するのが本当に素晴らしかった。直虎が槍で刺した後の政次の表情がね~。政次にとっては、直虎は何よりも守りたい「井伊そのもの」であって、清らかに気高くあって欲しい信仰の対象のようなものだったはずで、汚れを全部引き受けて自分だけ地獄に行こうとしてたのに、その直虎が「政次を殺すこと」で業を背負って共に地獄へ行くって宣言したってことなわけで。そんなことは望んでいなかったはずなのに、予想のはるか斜め上を行く直虎に「さすが俺のおとわ」って思ったんだろうな~って感じる表情だった。何はともあれ、政次は誰よりも幸せ者、果報者だったと思うわ。自分の死が愛するものの礎となると確信して死ねるんだもんなぁ。ここまで物語を牽引してきた政次(高橋一生さん)の花道に相応しい、芸術的な最期だった。はぁ~ありがとうございました。なんか良くわからんけど、全てに感謝するしかない。

その他。家康について。なんとなく三人衆のうさんくささを感じつつも、己の力不足もあって直虎に肩入れする余裕もなく、「井伊家復興」の約束を果たすことも出来ずに土下座したままジリジリ下がっていく家康の姿だけが癒しだった。近藤殿の描き方も良かったな~。直虎たちにとっては憎むべき敵なんだけど、これまで直虎がしてきたことが積もり積もって今回のことが起こってしまったのがよくわかる。近藤殿は憎しみだけで行動してるんじゃないんだよね。憎しみが根底にあったけど、今回のような好都合な機会が巡ってこなければ、きっと近藤殿は小競り合いだけする国衆相手で済んだだろう。でも、こういう時代にぶつかってしまった。そして、こういう時代にぶつかってしまったとしても、過去の(材木盗賊の件とかもろもろの)件がなければ、他の三人衆のように共に徳川にくだるだけで済んだだろう。両方の悪い目が揃ったからこそのこの悲劇だけど、一つは直虎の自業自得って言うのがね~。容赦のない描き方。しんどい。

見終わって、この疲労感なんだっけ、久しぶりだなって思ったんだけど、わかった。清盛見た後の疲労感だ。すっごいパワーでぐいぐいせまってきて、目をそらすことを許さないあの感じ。全てを言語化できない、言葉に詰まるあの感じ。しんどいしんどい言うしかないあの感じ。今回の演出の人が清盛の「叔父を斬る」の回の演出の人だったと聞いて、「…あ~…あ~どうりで…」って思ったんだよな。また清盛見たくなった。

 

おんな城主直虎 第32回「復活の火」

いよいよ目の前に戦の火が燃え上がり始める今回。各陣営が戦支度に勤しみ、各々の思惑で裏切ったり裏切られたりする。政次のザンバラ髪(っていうの?)姿が麗しすぎてヘンな声出そうになった。月代似合う~って思ってたけど、それ以上にザンバラ髪似合う~!そしてまさか関口君が裏切ると思ってなかったからびっくりした!寿桂尼様が井伊家にバッテンしたのを見て「さすが寿桂尼様」って思ったけど、関口君の離反までは見抜けなかったか…あるいは寿桂尼様亡き後の氏真の小者っぷりを見限ってしまったのかもしれない。前回の関口君の微妙な表情はコレだったか…。今後まだ井伊と絡みがあるのかな?

直虎と家康というトップ同士では上手く話がまとまりかけてたのに、ここに出てくる井伊谷三人衆(の中の近藤殿!!)の不穏な動き。コレがさぁ…これまで龍雲丸の件に絡めて、直虎が近藤殿を煽りまくった結果の報いにもなってるのがツラい…だって確かにあの時私も直虎に対して「どう考えても政次の言い分の方が正しいでしょ、直虎らしいけどさ」って思ったもんなぁ。今川に対しては最大限の警戒をしてたけど、多分その目付である三人衆には直虎自身軽く見てる節あったもんなぁ。積もりに積もった積年のそういうモヤモヤが、近藤殿の逆恨み?というか不満爆発?を誘発したのも仕方ないと思えるからこそツラい。直虎の直虎らしさを、政次も領民も商人もみんな慕っている。だからこそ、あの時の近藤殿に対するツケを今ここで払うしかない。ツラい。

家康も一度直虎の策に乗ると決めたら、小粒な三人衆なんかの言葉に動かされるなよ~と思いつつ、でもそれでこそ家康~って思うからやっぱりこれまで積み上げてきた人物描写がすごいんだよな。この時代、直接顔を合わせて相手の真意を推し量るなんて出来る相手は限られただろうし、だからこそ調略担当の手腕が重要だったんだろうし、家康が「但馬守っていうのはそんなに奸臣なの?」って聞いたりするの、井伊が以下に小さくてちっぽけな存在であるかの証でもあって、あぁ~!ってジリジリする。

そしていよいよ戦になるという段階になって、家臣の前で「小野はこれより井伊を再興する」って宣言する政次の口調がカッコよかった!でもその後に「これまで騙していてすまない」って言ったのに「知ってましたよ」って言われたの恥ずかしすぎない?渾身の演技見透かされすぎじゃない?いいの?小野政次それでいいの??いや、一応事前に「虎松の首のすげ替えは家臣も知ってるけど、井伊家を乗っ取るためだと思ってる…と思う」って可愛く言ってたから、政次も内心「バレてるかもな」って思ってたんだとは思うけどさ~。こういうお茶目に見せかけて悶絶案件なとこも森下さんだよなぁって思った。

政次と直虎。
コトが起こってから一度も相手の思惑をきちんと確認できていなかった二人が、久しぶりに囲碁を囲む。お互い口調を変えて楽しんでるの可愛いなオイ!この時の、政次が直虎を主君として最大限認める言葉がね~。これまでそう思ってくれているとは信じていても、実際に言葉として「お前を殿として最大限仕える」と言われることのなんと嬉しいことか。しかし人目をせっかく忍んでいるのに、月明かりの下で囲碁指すのはいいのか、政次よ。そして「戦いが終わったら日の光の下で囲碁が出来るな」ってそれ壮絶なフラグじゃないですかヤダ…。

直虎が井戸で過去の井伊家を支えてきた人々に丁寧に御神酒を献上するシーン。小野和泉守が!!我らが吹越満が!!ここで直虎に感謝の献杯を受けるとは!!もうずっと言い続けてるけど、不憫不憫と言われ続けながらも見事に報われてる政次よりも、息子にすら最後まで理解されなかった小野政直という存在の方が断然不憫だから!小野和泉守のことを思うと切なくて切なくて…それがこうやって「あの」直虎に献杯されているの本当に嬉しかったし、もしかしたら今回の中で一番感動したかもしれない。私どれだけ小野政直に入れ込んでたんだって話だよ…。

政次となつさん。
「この戦いが終わったら結婚しよう」ってそんなお手本みたいなフラグ何本も立てなくても!というわけでついになつさんに求婚した政次。フラグとして考えると全然良くないんだけど、とりあえずなつさんという存在の大事さをちゃんと政次が理解して認識しているということが明確になっただけでも良かったわー。これで「ずっとおとわに恋い焦がれていた」って結論にされたら胸焼けするところだったので、こういうさじ加減がほんと安定安心の森下さんて感じだった。政次の直虎への想いが本心でどうなのかはわからないけど、少なくとも政次が今、個人として一番手放したくないというのはなつさんっていうのはすごく納得できた。

政次が直虎を(恋情とは違うかもしれないけどある一定の強い感情で)想いつつ、それでもなつを「手放したくない」って言うのが、政次の人間らしいワガママっぽくて可愛かった。一歩間違うと直親のスケコマシ案件になりそうなところ(当然脚本家はそれを意識してると思う)、実際に政次があの場慣れしてない感じで言うと「幸せにおなり~;;」って思えるの不思議。これはねぇ、直親のあのどこか歪んだスケコマシっぷりを見ているからこそだと思うんだよ。三浦春馬本当に素晴らしい演技だった(今さら?)…。あと「手放したくない」ってことは、なつのことは既に自分のものであるって思ってた証でもあるわけで、なんというかエロス~って感じだし、そういう相手に改めて「側にいてくれ」って伝える展開が胸熱だった~。直虎に対しては信仰に似た気持ちがあり、なつに対しては女を求めてるんだろうなって。女じゃ下世話過ぎるなら、家族?そういう地に足着いた感情に向き合うという展開が本当に好きだ~素晴らしい~!

今週の之の字。
政次の元で力になってやって欲しいという直虎の依頼に対して「寝首をかけば良いので?」って偽悪的に答えるのホント之の字。それに対して「本当にそうした方がいいと思うなら」って真面目に返す直虎に、政次と直之に対する二人への信頼をしみじみと感じた。これはまたフラグですよ…最後に政次の思いを受け止めて井伊に持ち帰るのが之の字だったりしちゃうんですよ…政次の「オレはこの時のために生まれてきた」って言葉を託すのが之の字だったらどうしよう…死ぬ…死んでしまう…(萌えで)その後に「なつにすまぬと伝えてくれ」って展開だったらもう…もう…(のたうち回る)(ただの妄想)


・今日も昊天さん(と傑山さん)が一瞬でてきて嬉しかった!
・雑巾がけ虎松&六左かわいいぞ~

おんな城主直虎 第31回「虎松の首」

この時代、領主の家が取りつぶされたらその残党は逃げ出すものであったのか…いや、確かにそのまま居座られても扱いに困るし、農民に慕われる領主であればあるほど邪魔な存在でもあるだろうから、ある意味当たり前ではあるのだけど。そして隠れ家で早速今回のたねあかしをする直虎。「実は政次は味方だ」という言葉に、六左から虎松、母上と高瀬にまで「そうではないかと思っていた」って言われちゃうのさすがにどうよ?政次の演技力とは…?寿桂尼様に通用しないのも当然か。まぁね、井伊では(駿府から離れている地理上の理由もあり)政次も気がゆるんでたのかもしれないけどさ。

そしてその中で最後まで「それすらも罠では?」って言い続ける直之がさぁ~!くぅ~!之の字~!!これはおそらく「但馬憎し」から来る言葉じゃないんだよね。もちろん政次のことは嫌いなんだろうけど(?)、この場ではむしろ直之は「違う意見」を発言することを自分の役割だって感じてるように思えた。別に政次に学んだわけではないと思うけど、主が目指す理想の未来とは別に、そうならない未来をあらかじめ想定しておくことの重要性、みたいなものを直之は直感で体得したんじゃないかなー。だから激するでもなく、静かにアンチテーゼを示し続ける。それに対して、直虎も「そんなことはありえない」ではなく「そうだったらそうだとして、その上でどうするかまた考える」って答えるのもすごく良かった。理想の主従がここにいる…!

おとなしく隠居した直虎に対し、関口は穏便に済まそうとしていたところ、氏真からのまさかの「断絶せよ」命令。この時の関口の表情がまた上手かったな…「そこまでする!?」的な、でも何も言えない感じが良く出てた。氏真はとうとう限界に達しちゃったのかな~哀れ。

直虎が寺から虎松を連れ去るシーンで、亥之助君だけ取り残されるのがツラくてさぁ…あーこれ、あー鶴の親父と同じ、あー!!みたいな。ここにきてさらに増す小野和泉守の存在感~!!あの時も…鶴が自分の父親の所業に苦しんでいたあの時も!これと同じような事情があったのかもしれないと思わせるのが切ないよぉぉ。政次には理解者がたくさんいるけど、小野和泉守は一人で何を思っていたんだろうかって考えちゃって…ツラ…これほんとツラ…;; 今回、亥之助は最後に政次の思惑を理解して感謝の言葉を述べてたけど、これは鶴が父和泉守に言えなかった言葉を亥之助の代で吹っ切ることが出来たってことなのかなぁ。そうであったらいいなぁ。

虎松の首を所望する天守様に若干引き気味の関口から「出来る?」って言われて「お安いご用です」って顔色一つ変えずに請け負う政次。こうなることを想定して、いろいろ作戦立ててるんで大丈夫ですって感じの表情の硬さ。もちろん虎松を差し出すわけはなく、身代わりの子供の首をはねるわけだけど、ここで先週の次回予告で煽りに煽ってた「地獄へは俺が行く」発言。こういう展開で言わせるか~そうか~って納得した。しかし部下多くない?一人くらいいれば十分じゃない?秘密を知るものは少ない方が良くない?って思ったんだけど大丈夫なのか?部下は政次の真意(実は井伊家を守りたい)を知っているんだろうか?知らない気がするなぁ…とすると、部下は政次が今川を謀って井伊を簒奪しようとしていると思っているのか…この主人えげつねぇなぁって思ってるのかなぁ。部下に本心を告げられないとしたらそれも切ない。

虎松の首実検。さらし首を画面に映すことが出来ない(放送倫理的な理由?)ので、妙に不自然な構図の画面。前の鶴の父親の時もそうだったけど、こういう(放送の限界?に挑戦?するような)チャレンジングな映像作り自体はいいと思うんだけど、やっぱりすっごい構図が不自然で気が散る。今回は関口殿の頭の位置で隠してたけど、この不安定な画面が気になって気になって、役者の演技を堪能するどころじゃなかった。

政次の地獄行きの覚悟で何とか無事に終わった首実検。そこで龍雲丸から直虎(と視聴者)に対して「病気で死にそうな子供だった」っていう説明が入るんだけど、これは龍雲丸の思いやりからのウソ…なんだろうなぁ。ウソというか、でまかせ?少なくとも、視聴者に対して何らかの言い訳を入れる必要はあったんだろうなと思った。直虎の涙は、虎松の身代わりとして首を切られなければならなかった子供に対する罪の意識と、それを一人で決めてしまった政次への複雑な感情があったように思う。それしか無い修羅の道を、自分に問うこともなくまっすぐ突き進む政次に対して、直虎は何を思うんだろうなぁ。

龍雲丸は「あの人は悔いてはいない」と言ってた。あの人って政次だよな?それに対して直虎が「頭に何がわかる!」と憤った。つまり、政次は傷ついていると直虎は考えていて、酷いことをさせた自分に対しての怒りがあるってことかな?そしておそらく自分に何も明かさない政次に対する怒りもあるよな?龍雲丸の「あの人は守りたいから守ったんだ」っていうセリフは、その通りなんだろうし納得できるんだけど、ちょっと説明しすぎな気も。つまりは政次に対して負い目を持つのはやめろってことだと思うんだけど、このあたりの感じは龍雲丸がまんまアラン(それもアニばらの方のアラン)に見えてきてムズムズしてしまった。あんなにキュンとしてた龍雲丸の言葉も、直虎と政次の絆に対しては大きな意味を持たないんだな。直虎と政次の関係性に、どうやって幕を引くのか、怖いけど楽しみだ~。

全体的に政次の顔芸大会って感じで、常に「この政次の表情から何を読み取るか!?」みたいなミッションを延々とこなしてる感あった。高橋一生の面目躍如だよなぁ~本当にこの人の「見る人によっていろんな意味に見える」表情って味があると思うわ~。この役に高橋一生を起用したプロデューサー?スタッフ?は心底良い仕事した。退場までもうちょっとだろうけど、ますます盛り上がる今後の展開でどういう演技が見られるのか、本当に楽しみ!


・久々の昊天さんに癒された!もっと出て!
傑山さんの筋肉祭りw
・直之「弁慶ディスってんの?」
・直虎の尼姿やっぱり美しいな~!

 

おんな城主直虎 第30回「潰されざる者」

久々に政次が井伊谷三人衆の前で「井伊を乗っ取ろうとしてる家老」のフリしてるの見てフフッてなる。最近井伊で直虎と深夜囲碁で充実した日々を過ごしている姿ばかり見てたので、そういえばその設定まだ生きてたんだ!?的な。大前提を思い出させてくれてありがとう。近藤殿はかなり怪しんでたので、この辺何かあるのかもしれない。ただ、多分近藤殿が聡いというよりは、もともと井伊に対して思うところありすぎて何でも疑わしく見えるんだろう…と思えるこのキャラの描写力がすごいと思う。

そしてとうとう寿桂尼様のデスノートが炸裂…方久に井伊を取りつぶす案を披露。披露したってことはもう後に引けない。そのまま方久は調略されたことに…この後の方久の行動が本当に「らしく」てキャラ作り上手いなーってしみじみ。今川相手に反逆出来るわけも無く、しかし直虎に対して主としての好意は持っているので、一応心苦しさや気まずさはある(けど義理立てはしない)っていう加減がムロツヨシの演技とバッチリ合いまくってて小気味よかった。本当に方久が金にしか興味が無い、情のない人間であれば、ここまでソワソワしたりせずに、むしろどーんと構えていただろう。でも最終的に方久は(ある意味当然のように)井伊を裏切ることを選ぶわけで、そこに迷いとかはなさそうなあたりも方久らしさだよなぁって。これで井伊が復活したら笑顔で家臣に戻ってきそうなところも好き。

政次が久々に策士っぽくてテンション上がった。寿桂尼様にはバレてたというのが方久の一件で明らかになったけど、ここで良いな~と思ったのは、政次が「バレているかもしれない」と自分で気付いて、さらに気付かれていることを想定して自ら動き出したこと。結局寿桂尼様の手のひらの上だったあたり、政次は策士としてそこまで天才的な才能があるわけではないんだけど、現状を正しく把握して最悪の状況を回避するための能力に長けている人っていう描き方がツボる。方久を騙して情報を得るところは、地味に龍雲丸との共闘が微笑ましかった。二人は何も確認し合ったりしていないけど、お互いの直虎という存在を大事に思い、守ろうとする姿勢に無意識に共感するのかなぁって。

そして徳政令の断行の知らせと井伊家お取りつぶしの通知。さすがにあまりの動きについて行けない直虎と政次の、エア対局による今後の作戦会議。これね~、この前(第25回の材木関連で徳川との内通を疑われた時)のエア対局にゾクゾクした印象が強烈すぎて、今回「またこの演出かよ」って思ってしまった面は否めない(実際同じ演出の方だった)…さらに今回は心の声が被せてあったのがいまいちだったかなー。ここまでいかにもって盛り盛りの演出じゃなければ、もう少し感動したかもしれないけど。悪かったわけじゃないんだけど、ほんの5回前の演出だったからか、二番煎じ感が残っちゃったんだよな。残念。

そのエア対局でたどり着いた答えが、一度井伊を潰させてしかる後に復活するという策。まぁ絵に描いた餅ではあるけど、描けるだけの展望があるというのはこの時代からしたらおそらく望ましいことで、そうやってみんなが自分に都合のいい未来を思い描き、運が良くその未来図が転がり込んできた者だけが生き残ったのかもしれないなぁ。そして今川の徳政令を受け入れる覚悟を決めたところで、農民たちの暴走による直訴…!これまたいち早く現状を把握した政次が言う「俺を信じろ。信じろ、おとわ」の響きが~!!こういう時だけ「おとわ」呼びかよ!それわかっててやってるだろ!小賢しいんだよお前~!!と地団駄を踏みながら転がり回る。待て次週!

 

おんな城主直虎 第29回「女たちの挽歌」

うぉぉぉ!しのさん!しのさんカッコいい!!頼まれた訳でもないのに、当主の奥方としての勤めを果たしているしのさん素敵!!こういう描写が一つあるだけで直虎としのさんが疑似夫婦的な関係であるというのがすごく納得できるの本当に嬉しいし上手いなぁって思う。女の友情を表現する際に「疑似夫婦」を持ってくるのって珍しいと思うんだけど、それがこんなに見てて気持ちいいんだから面白い。

これまで寿桂尼様を誇り高く気高く描いてきたからこそ、その死にこの時代の全ての人が思うところあって手を合わせるということがすんなりと入ってくる。久しぶりの直虎の歌うような読経が耳に心地よい。尊敬する師であり、畏怖する上司であった寿桂尼様。直虎の偲ぶ気持ちは尊いけれど、実際には井伊の離反は見透かされてるからなぁ~そこがまた見てる方にとっては複雑よね。相手の方が何十枚も上手だったという…そして死にゆく寿桂尼様は全ての感情を排除して今川に不利益となるモノを切っていく覚悟を決めちゃってるわけで…しんどい。

前回の「上杉と手を結ぶのはどうか」という提案のおかげで、今川派と邪推されて徳川への寝返りに対して「人質を出せ」と言われる展開。これな~すっごい細かい部分なんだけど、ちゃんと直虎の行動(上杉と手を結ぶ提案)にもっともらしい理由を付けた上で、その行為の代償としての人質って流れにしているのが上手い。こういう学説等があるのか、無理矢理でっち上げたのか不明だけど、このあたりのそれぞれの思惑と動きがものすごいわかりやすい&納得できるのが良かった。良かれと思った策がむしろ下策となっちゃって直虎がしょげてるのとか、本当に「らしい」作劇で感動。みんなが直虎の言葉に感動してなぜかうまく行っちゃうとかじゃ無いのが素晴らしい。

そしてここからのしのさんとのやり取りがさぁ~!「こんな小さな国衆の分際で」とか言っちゃうしのさん最高~!それなのに仕方なくではありつつもちゃんと素直に引き受けるの最高~!決して馴れ合わない戦友同士って感じでホント最高~!それだけじゃ無くて、その後の虎松の成長のために一芝居打つしたたかさと、その後の「母は行きたくなってしまいました」の流れが本当に素晴らしくて…虎松が「母上は行きたくないはずじゃ!」って言うのがさぁ…「母上は虎松と離れてもいいのか!?」っていう母を試す言葉じゃないのが泣けて泣けて…虎松は自分に注がれている母親の愛を全く疑っていないし、それ故この言葉には大人の事情が絡んでいて本心でないことを悟っているし、でもここで泣いて悔しがるのは自分にそれを覆す力がないという無力感からなんだよね…それが本当に切なくて悲しくて、でもそこに今後の虎松の成長が凝縮されていて、爽やかに心地よい涙が…!

そして虎松の叫びを聞いた後のしのさんのセリフがまた…「虎松に味方を作ってやりたい」ってすごくない!?この時代に他家に嫁ぐ理由にこれ以上の説得力ある言葉って無くない!?それを当の子供に言い聞かせるこの誠実さ!!引き離される母と子の悲しい別れだけにしない、むしろしのさんがこの時代の女主としてどうやって戦うのかって言うのを体現しててすごい素晴らしい感動した…与えられた状況の中で、最大限自分たちに有利な状況を見極めようとするそのしたたかさにしのさんの成長を実感する。とにかくすごく良かった!

虎松と直虎のやり取りも良かったな~。「答えは一つではないのでしょう?思いつかないというのは、殿が『阿呆』だということでは?」って思いっきり幼き日のおとわのブーメランで笑ってしまった。相手が子供でもきちんと道理を説明しようとするところが、おとわ時代の自分をきちんと省みてる直虎らしいところだな~。あやめに代理で嫁いでもらおうっていう虎松の案。子供って純粋が故に時に残酷よね…自分の願望のために、他人を身代わりにしようとする利己性が無邪気に描かれていてエグいなぁって。言い訳のようにあやめに「こういうことでも無いと自分は結婚しなそうですし」って言わせるのがまたエグい。

そしてとうとう牙をむいた武田軍!な、生首~!!いやぁ、清々しいほどに悪い顔してる家臣だった。そして信玄の表情もな!悪い顔だ!!いよいよ今年の大河の最大の山場が来るぞ~!