いだてん 第5回「雨ニモマケズ」

追いつくどころかさらなる周回遅れ。でもまぁ自分のペースで見ればいいか…。

初回で嘉納治五郎の物語に見えたオリンピック予選会が、完全に四三側の(というか選手側の)物語として再構築される第5回。やっぱりこのドラマ構成凝ってるよな~。オタク心がくすぐられまくり。こうやってコアファンだけが純粋培養されていくのかもしれない。こういう構成を喜ぶオタクがいる一方、こういうのが楽しくない人にとってはつまらない大河って思われてるのかも。自分自身去年の大河をどっぷり楽しめなかったという経験もあって、とある表現方法を面白くないと感じる人がいることにもヤケにリアリティがあったりする。だからこそ、必要以上の叩き記事とか見たくないし、自分も面白くなかったものを必要以上に貶す感想は書かないようにしたい…と改めて自戒。

一話通してまるっと予選会レースという、結構チャレンジャーな回だった気がする。一話の裏話として、あの時のアレは実はこういう背景で…というのが判明する展開、もうこれだけで好きな設定過ぎてテンション上がりまくり。車に立ちションしてたのが四三というのは予想はついてたけど、こうやって答え合わせされるとやっぱり嬉しい。その上、一話を見ているからこその追加の面白さを足してくるこの感じ、まさにトリッキーな構成好きを狙い撃ってる感ある。好き。

三島家劇場。弥彦の優勝連発をあからさまに無視する兄・弥太郎と母・和歌子に対してプリプリ怒ってみせるシマちゃんがかわいい。弥彦に対して淡い恋心とか感じさせず、完全に女中としてお坊ちゃんに対する態度なのがモロ私好みの設定だった。これがいずれ淡い恋心に変わってもオイシイし、このままお坊ちゃんへの保護欲のままでもオイシイ。「女性のスポーツ」という言葉に目がキラーンしてたので、そっちで活躍する展開があるのかも?三島家、本当にいろいろと今後が楽しみすぎる。

それにしても弥彦のキャラが本当にいいなぁ。スポーツでいくら好成績を出しても、兄も母も見向きもしないどころか不名誉とすら思っていると自覚しつつ、それでもグレるでもヤケになるでもなく「三島家ではそれが当たり前」と(半ば諦めつつ)納得している。でもスポーツに力を入れることはやめないし、むしろ自室には自分の裸の特大ポートレート(…)を飾っちゃう。この抜群の自己肯定感の高さを感じるエピソード、本当に好き。そしてその弥彦が生田斗真さんのあの外見と本当にマッチしてるんだよなぁ。好き。

美川君~~~!!前回もめっちゃ気になる存在だった美川君が今回晴れて私の中の堂々殿堂入りするツボキャラっぷりを見せてくれて大歓喜。やたらデカい猫(あのデカさは何!?)を抱っこしてる美川君かわいかったし、ひっそりと中庭で一人で小さく拍手する姿もいじらしかった。薩摩の田舎蓮根仲間だと思っていた(というか明らかに自分の方がシティボーイ適正があると思っていた)四三が思いもかけない分野で一躍時の寵児となり、劣等感や嫉妬や羨望を感じつつ、友情や同郷のよしみで誇らしく嬉しい気持ちも間違いなくある、そういう複雑すぎる心境をあの表情とセリフと演技で表現してみせるの、本当に素晴らしかった。あと疲労で眠れない四三が兄の幻影を見た時に「なに!?怖い!!」って言ってたのめっちゃかわいかった。これからも美川君をイチオシしていきたい。私の中で明らかに前髪クネ男からの脱却が行われた感。

これまで全然四三に対して触れずに来たけど、なんて言うか勘九郎さんの四三は圧倒的な安定感のある演技で文句の付けようがない。この飄々としてて地に足がついていない感のある、でも実はしっかり現実を見つめている底力のありそうなキャラ造形って多分宮藤官九郎さん独特の味なんだろうなって思うんだけど、それを勘九郎さんが演じることで浮き世離れした感が逆に馴染むというか、絶妙な味わい深さになっている気がする。とにかく四三に対しては圧倒的主人公感が好ましい。そして今回ちょっとだけ出てきたスヤさんとの結婚までのエピソードが待ち遠しい。お見合い話が進んでいる(ように見える)スヤさんが、今後どうやって四三の妻となるのか興味がありすぎる。

裏主人公?の孝蔵(志ん生師匠の若い頃)の話もジワジワ進んでいるのが小憎らしい程に上手い。五りんがどういう身の上なのか、それはいつどこで四三の話と交差するのか、あらかじめタネを堂々と見せられているのに、それをどう使うかわからないまま気持ちが翻弄されるのが本当にもどかしい。でもこういうもったいぶった演出も好きなんだよなぁ。後で上手く料理してくれるという信頼感があるからこそだよなぁ。

私はそれほど本気のクドカン脚本作品と相性がいいわけじゃないと思うけど、あまちゃんのような「クドカンさんがNHK向けにチューニングしたテンションの作品」とはバッチリ合う気がするので今後も楽しみ。

いだてん 第4回「小便小僧」

やっと一週遅れの分まで見終わった。今週中に最新話見て追いつきたい。

前回よりもいっそう第一回を補完する話になっていて、ここまで見ないと真の第一回の面白さがわからないという構成は、こういうトリッキーな仕掛けが好きな人には嬉しい要素だと思う一方、わかりにくさで初回で脱落する可能性を考えるとリスキーだなぁとも思う。そういう(マニアックな見方が好きな)視聴者だけを対象とするには、大河ドラマという枠はあまりに間口が広すぎる気もする。枠が大きいからこそ、新しい挑戦に意味があるという考え方ももちろんあるけれども。

竹野内豊とシャーロット・ケイト・フォックスの大森夫妻、この数分の出演でキャラ立ちすぎだろ~!?何で妻の方がいちいち翻訳してるの!?ウケる。こういうごく短い尺で夫婦仲がいたって良いこと、どちらかというと妻の方が主導権握ってそうなこと、でも夫はそんな状態に満足していそうなこと、何よりこれから面白いことが起きそうなワクワク感が全部表現されててスゴい。いやもうホント、すごい。

せっかくマラソン大会で三位という好成績だったのに、田舎の長兄から「勉強だけしてろ」って言われちゃうの、この時代の「スポーツ」に対する認知の低さを表してて面白いな。今でこそスポーツで身を立てることが(もちろん一握りの選ばれた人ではあるけども)出来ることが広く浸透しているけども、そもそも「スポーツ」という言葉が広まっていない世界というのがほんの100年前くらいであるという事実が地味に重い。今でも発展途中であって、常に新しい感覚を取り入れていかなければならない分野なんだなぁって改めて気付いたりした。

四三が取り入れた水抜き脂抜きの練習法。普通に脱水症状で死にそうという感想しかないけど、これも練習法についてはほんの十数年前と今が様変わりしていることからも、当たり前にあり得るんだよなぁ。このエピソードが終始一貫してコミカルな描き方で「この練習法によって四三は自然に従う大事さに目覚めた」って簡単に済まされているの、むしろ怖さが炙り出されてる感あった。無知って怖い。あと結果的に死ななくて良かった、みたいな案件ってそこかしこにあるんだろうし、実際に名もなき犠牲は山ほどあるんだろうなって考えると…ぶるぶる。

第一回から思ってたけど、三島弥彦役の生田斗真さんが本当に見事な造形で毎回眼福。今回、天狗倶楽部の中ではリーダーとしての威厳を見せつけつつ、三島家の中では地味に自分の立場をわきまえて行動してるってことがわかって、なかなかこの人も気苦労のある人生なんだなと妙にしみじみしてしまった。スポーツが金持ちの道楽と周りから思われていることをわかりすぎる程に自覚し、それ故に表と裏を使い分けてどちらに対しても(一定の)誠実な対応をしようとしている、悩める若人に見えた。第一回であんなに威勢良く嘉納治五郎に対して「融資はまかせとけ」って言っておきながら、あの爽やかな笑顔で「ダメでした」で済まそうとする裏には、彼なりの葛藤があるんだろう。兄に対して「スポーツは国力を表す指標になるから投資してみては?」と提案した姿は、精一杯の矜持に見えた。

前髪クネ男…じゃなくて美川君は夏目漱石に傾倒中。(美川君的な)流行の最先端である「坊っちゃん」の有名なフレーズを引用して反抗するも、「坊っちゃん」を誰も読んでいないというオチ…なんだこの壮絶に胸を抉る痛々しさは…その結果「劣等生」の烙印を押される美川君。ということは後で何かドデカい巻き返しがあるのかなぁって期待してる。おそらく視聴者の思いも寄らぬ方向で…クドカン脚本への謎の信頼感。美川君、なんかこう不思議な存在感あるんだよなぁ。四三に対してあからさまな友人顔でもないし、むしろ前回「冒険世界」を押しつけてきたので悪友方向に行くのかと思ってたら、今回永井先生に真っ向から反抗したり、なんだかんだ言いながら四三のマラソンを応援してたり(控えめだけど)、この微妙な距離感がなんか結構気になる。美川君は今後も注目していきたい。

いだてん 第3回「冒険世界」

第2回がめっちゃ面白かったので時間を作って録画してあったのを早速視聴。やっぱりおもしろ~い!純粋に見てて「ワハハ」って笑える面白さ。コントみたいなやり取りがそこかしこに差し挟まれて、怒濤の勢いで押し流されるこの感じ、嫌いじゃない。ていうか、これ「あまちゃん」のノリだ~!大好き!

長兄~!海軍の士官学校に入れずに落ち込む四三に対する態度が父親そのものだよ~;;やっぱりいい兄ちゃんだ~;;自分たちが中学に行けなかったから弟に中学に行かせたい、せっかく中学に行ったんだから好きなことをやれ、ひとかどの人物になるには夢中になれることを探せ…重苦しくならないギリギリのラインで他人に自分の憧れを託すの、田舎あるあるな感じでなんか地味に抉られる。それに対して四三が罪悪感を感じるのがすごいリアル。でもこの罪悪感も、最終的には許してもらえるっていう甘えも内包している、家族ゆえの温かいエピソードにまとまっていたように感じられてほっこりした。とにかく中村獅童さんの長兄がすごくいいよ~;;「抱っこされに行くのか」「いや、さすがに今さら抱っこは」みたいなやり取りも最高だった。演技の息ピッタリじゃん。

東京へ行く四三を家族総出で見送り。金栗家一家揃ってテンション高すぎて笑うしかない。ドン引きの美川君の「キミのアニキヤバい(意訳)」というセリフに全力で同意するけど、そのヤバさがクセになるのも事実。それにしても長兄の見事な鼻水顔を作ったメイクさんに脱帽する。きれいに(?)鼻水垂らして叫ぶ演技をする獅童さんと勘九郎さんにも感嘆する。そして四三の朴訥なキャラクターはこの家族の中でこそ育まれたって素直に納得できた。良いシーンだった。

美川君役の勝地涼さん。私の中では八重の桜の山川健次郎のイメージが強いんだけど、今回の役はモロ前髪クネ男だ~!って懐かしくなった。あんな短い登場時間だったのに、我々視聴者に強烈な爪痕(?)を残した前髪クネ男…宮藤官九郎さん脚本の勝地涼さんはやっぱりこの路線で輝くんだなぁ。あと地味にお堅いイメージの山川健次郎とのギャップ自体が面白い。健次郎は小説をバカにしてた気がするので、美川君が漱石に傾倒していく姿が感慨深い。役がそうやって巡り巡るの、大河の醍醐味だよな~。

三島家劇場も面白すぎた。白石加代子さんのビジュアルがもうそれだけで完全勝利って感じ。シマちゃんの「漢字わかってんじゃん」に大笑いした。あの字幕はズルいよ~。あと「杖がむき身でございます」www あの匕首の存在自体は、三島家の関係者にとっては日常なんだな~。もうこの数分間だけで今後の三島家劇場の面白さが約束された感あった。こんなの好きにならずにいられないよ~。ズルい。

スヤちゃん。SLとチャリの併走シーンがすごいとネット上の話題の方を先に見てたけど、実際に見たら想像の数倍スゴかった。確かに自転車は結構速度出せるものではあるけど、あの衣装であのセリフ叫んで演技しながら爆走しつつ、それを楽々こなしているように見せてしまう綾瀬はるかさんの身体能力、本当にすごいな…。さすがバルサ。四三とスヤちゃんの関係も、状況やセリフを一つ一つ見るとどう見ても恋愛パートなんだけど、実際に見ていると心地良い程に色恋オーラがなくて、スッキリサッパリ爽やかシーンに仕上がってるのが不思議。でもこの感じすごく四三とスヤちゃんに合ってると思う。スヤちゃんが四三に惹かれた理由がイマイチわからないけど、あの提灯持ってすっ転んだときおぶってもらったエピソードが効いてるんだろうか。そのあたりはそのうち語られるのかな?(四三がスヤちゃんに惹かれるのはわかりすぎる。あの眩しすぎる笑顔の綾瀬はるかさんに惹かれないなんてありえない…)

兄に「夢中になれることを」って言われた四三が、ついに「マラソン」と出会う。天狗倶楽部のむさ苦しい面々を目をキラッキラさせて見つめる四三が眩しい。北三陸で海女(=夏ばっぱ)に出会ったアキのキラキラした目を思い出す。自分にとっての特別な何かに出会う瞬間、というのが宮藤官九郎さんの究極のエモさなのかな~?と思ったりした。ボーイミーツガールな四三とスヤちゃんよりも、ボーイミーツボーイな四三と天狗倶楽部の方がキラキラとドキドキが伝わってくるの、宮藤官九郎さんらしさだなぁと思ったりも。

ここで一気に第一話に繋がっていく構成だって気付いて上手いなって思った。あの(私にとってはすんなり理解しがたかった)第一話がこうやって後から本編(?)で補完されていくというトリッキーな仕掛けに唸る。でもこういうのはわかりにくさに直結するから、視聴率的にはマイナス要因なんだろうなぁと余計な心配もしてしまう。自分が楽しく見られさえすれば視聴率とかはどうでもいいんだけど、低いとメディアでの叩かれ記事が増えるのが面倒。クリックしないけどタイトルだけは目に入ってくるし…。自分としては読まなければそれほど実害は無いけど、制作陣とかNHKの上層部とかがそういう「世間の評判」を気にして本来の作りたい作品が作れなくなったりしなければいいなぁと心底思う。まぁ、既に脚本は三分の二くらい出来上がっているらしいので、この路線がそのまま続くと信じたい。

そう言えば神木隆之介君は五りんとしてちゃっかり弟子入りしてた。冷水浴びて乾布摩擦してたけど、四三の子孫なんだろうか?あからさまな謎提示なので楽しみに回収を待とう。

いだてん 第2回「坊っちゃん」

あ、あ、すごい面白い!ちゃんと面白さがわかる!!良かった!

そうそう、大河ドラマの第一回てこんな感じ!って印象の第二回だった。どうしてこれを初回にしなかったんだろう。最初にこれを見てたらそこまで不安にならなかったのに。(これ見るまで面白がれるかどうかかなり不安だった)

金栗家の描写、あんなに短い時間でわちゃわちゃと描かれているのに、もう既に必要最低限の情報はしっかりと視聴者にすり込まれてるのすごい。子だくさんで裕福と言えるほどではないけど経済地盤はしっかりしていて安定してそうなこと、長兄は一見厳しく見えるけど家族への愛情深い人であること、四三は口数が少なく気も弱そうだけど意外と頑固な面もありそうなこと。

特に長兄~!中村獅童さんは八重の桜での佐川官兵衛役がすごい印象に残ってて(感動的な酒宴のあとの大遅刻w)粗野に見えるけど実は優しい、みたいな役をやらせると本当に魅力的だよなってしみじみ思う。走って学校に行け、行かないなら学校部屋だ!と頭ごなしに怒鳴ってるのに、その根底に愛情があるってわかるのすごい。四三を内心かなり気にかけていて、死ぬ間際の父親に「進学させたい」と言い出すのとか本当に頼れる長兄そのもの。海軍に行きたいという四三に対して一瞬困惑してたのは何か理由があるんだろうか。思うところがありそうなのに結果的には四三の好きなようにさせてくれるのも見ててほっこりした。

「父が嘘をついた」に笑ってしまった。あんなわかりやすい嘘、家族はみんなすぐに気付いたんだろうなぁ。それでも話を合わせて丸く収めてしまおうとするお婆ちゃんとかあるある過ぎる。とりあえずの家長の精一杯の虚勢を立ててやろうという気遣い、父も家族が誤魔化されてくれてると知っていて、お互いに内心妥協してるあの感じ。昔の大家族の原風景みたいな懐かしさがあった。その中で一人だけ父の嘘にうちひしがれてる四三がかわいそかわいい。

スヤちゃん。提灯持って必死で四三追いかけてすっ転ぶシーン可愛かった~。その後四三におんぶしてずっと「すいません」て言ってるのも可愛かった。ほんのちょっとの子役シーンで猛烈に印象づけてくるのすごい。綾瀬はるかさんに変わってからはなんかもう圧倒される存在感だった。大声で歌う綾瀬はるかさん可愛すぎか。自転車節はこれからもかなり重要アイテムとしてでてくると見た。

そして四三。子役の子が本当に朴訥ないい感じだなぁ思ってたけど、あとからWeb記事等で「あまり演技経験のない子役の素を撮りたくて、台本読ませなかった」みたいな記事を見て納得してしまった。そういう演出もあるのかと驚いた。口数の少なさが印象的だけど無口な性格とかおとなしいとはちょっと違って、頑固でしっかりと考えもあって、でも単に「口に出さない」みたいな微妙なニュアンスの性格が良く表われてたと思う。そして中村勘九郎さんに役者がバトンタッチしたときに「あの男の子が成長した姿だ」ってすんなり納得できるのが本当にすごい。役者さんも演出もめっちゃ力入れてるのがわかる。

奇声を上げながら冷水浴(どう見ても素っ裸w)してる中村勘九郎さんがどう見てもヤバい人で、でもそういう部分が四三らしさでもあるというのがこの回を見るだけですんなり納得できるのもすごかった。本当に宮藤官九郎さんはキャラ立てが上手いよな~。キャラ立てが上手いというより、キャラが立っていることを表現する場面やシーンを作るのが上手い、のかな。今回は本当に演出と脚本と演技がしっくり噛み合ってる回な気がした。さすがあまちゃん組。本当に、どうしてこれが第一回じゃなかったんだろう?そのうちその理由がわかるんだろうか。

俄然一年間楽しみになってきた!既に2週遅れ視聴になってるけど、早いうちにリアルタイムに追いつきたい。

スーパープレミアム 「獄門島」

年始の再放送記念&いずれくるであろう「八つ墓村」に向けて、シリーズ全部感想残しておくためのメモ。見てすぐの感想じゃなくて、もう何度見たかわからないくらい録画リピートした後の感想だから、自分の中のこのドラマの概念みたいな抽象的な文章になってる。

金田一耕助シリーズの映像化って、現代の日本ではほぼ石坂浩二市川崑の映画版の呪縛からは逃れられない宿命なんじゃないかと思っている。あまりにエンタメ度と映像美の完成度が高い作品がごく初期に出てしまったせいで、良くも悪くも見た人の印象がそれで固定されてしまったと言うか。市川崑版の後の金田一作品は、見る側はもちろん作り手側も「市川崑版とどう違いを見せるか」という意識に囚われているような気がしていた。それが悪いわけではもちろんない。

そして当然のようにBプレの「獄門島」もその呪縛からは逃れていないのだけど、私がこの作品を見て衝撃を受けたのは、逃れられないのなら呪縛そのものをむしろ強く意識させ、そこから逃れようと必死になる作り手側の懊悩をそのままロックに仕立てて作品に取り込んでしまった(ように私には見えた)ところだったりする。この潔さ…というかヤケクソ感漂う開き直りの精神が、この作品の突き抜けっぷりをより際立たせてくれていると思う。大好き。

ハセヒロさんの金田一は見る前はもっと優等生っぽくなってしまうのかと思ってたのに、とぼけたいい感じで始まったと思ったら途中から突然死者と脳内会話を始めちゃう不穏さを見せ始め、最終的にはDIO様が憑依したかのようなキレっぷりを披露してくれて、さすがハセヒロ金田一…余人にはできないことをやってのける…そこに痺れ(ryと大いに堪能した。最後の犯人との対峙のシーン、演出が斜め上過ぎて初回見た時軽く引いたからね。キチガイがどうこうってレベルじゃねーぞ。明らかに金田一、和尚に殺意…とまでは行かなくても未必の故意があったとみなされる案件じゃないんか。名探偵が犯人にとどめを刺す(ある意味物理的に)というクレイジー極まりない構成に唸りまくり。そして見れば見るほどこの結末がクセになる。この結末があってこそのリブートシリーズ(っていうの?)だと納得し始める。このあたりでトランス状態に入って完全に信者になる。すごい。この金田一シリーズはすごい。

この金田一、完全に狂気にポイント全振りしてるんだけど、それを「戦争の傷跡」という解釈でねじ伏せたの上手かったな~。了念和尚の「想像も出来ない出来事がある」という言葉に触発された金田一が「暴いてやったぞ!ザマァミロ!」って言うの本当に…本当に…さもバカにしたような「ごくろうさまでした」の言い方本当に…完全にヤバい人なんだけど、そうなったのが戦争ゆえであるというのがごく自然に匂わされていて、でも多分その狂気の中には金田一の本質も含まれていて、安直に「戦争が悪かった」という結論ではなく、金田一という個性が戦争という場を経験したからこそピンポイントでこう発露したという説得力に持っていく手法に脱帽した。

今回新鮮だったのが、金田一が早苗さんにとことん疎ましく思われてたこと。安直にヒロイン役が探偵に頼ったりせず、最初から最後まで胡散臭いし迷惑な相手だと思ってるのがありありと見て取れる演出が印象的だった。金田一も「あなたのせいで自分は真実から遠ざかってた」って詰ったり相当感じ悪かったし、その状態で「一緒に島を出ませんか」ってどの口が言うんだ状態だったから、思いっきり拒否られるのも納得。むしろその選択肢以外無いだろうという気がする。あの(=東京へ誘う)時の金田一、早苗さんを誘っておきながらその真意が同情とか憐憫とかじゃなさそうなのが薄ら寒かった。あえて言うなら虚無を分かち合おうとする、みたいな。いや、ホントどの口が言うんだって思ったもんな…。そういうところも最高だった。

映像はとても映画的だと思った。全編ロケだってどこかの情報で見た気がするけど、美しいけれどどこか陰鬱な色彩の風景とか、本当に全編素晴らしい映像だった。やっぱりロケはいいよねぇ…。所々暗すぎて何が映ってるのか良くわからない部分もあったけど(特に夜のお寺でのシーンが見にくかった)。

俳優さんでは初見当時了択役の岡山天音くんの独特の雰囲気が気になって、その後朝ドラ「ひよっこ」で出てきた時はテンション上がったし、ワンダーウォールの演技もすごくすごく良くて、自分のセンサーの感度に満足するなど。自分の中のイメージ的には窪田正孝枠なので今後大河ドラマとかで存在感をバリバリ放って欲しい。麒麟が来るとかに出ないかなぁ。いだてんでもいいよ!

悪魔が来たりて~の時も思ったけど、出来れば一年に一本くらいのペースでシリーズをなるべく多く映像化して欲しい!年末のフジテレビの犬神家は初心者用ダイジェスト版て感じで物足りなかったので、犬神家も是非Bプレ版でドロッドロでコテッコテの演出で作られるのを期待。何より今は八つ墓村がどんな感じになるのか楽しみすぎる。典子がちゃんとヒロイン枠だといいな~!

いだてん 第1回「夜明け前」

うん!正直なところ、時代が行きつ戻りつしすぎて内容がさっぱり頭に入ってこなかった!

今回、視聴前にあらかじめの予備知識をほとんど持たないまま、中村勘九郎さんと阿部サダヲさんのダブル主演だということと、明治と昭和の二つの時代の話をリレー形式でやるということくらいしか知らないままの初回当日だった。他の出演者もほぼ知識無しで見たので、とにかく整理しなきゃいけない情報量が多すぎて頭がパンク状態。阿部サダヲさんが出てくれば「これは昭和パート…」とインプット出来たのだけど、もう一方の中村勘九郎さんは終盤までほぼ出てこなかったので、途中「役所広司さんは明治パート」と認識出来るようになるまではもうほとんど雰囲気で見てた…(テロップの年代表記がイマイチ頭に入ってこない病に罹患中)

せっかくの星野源さんとか神木隆之介くんとか松坂桃李さんとか、あと竹野内豊さんとか、誰が誰やら全然整理できてない…その中で飛び抜けてキャラが立ってた天狗倶楽部のインパクトよ。あっ!これ明治!!ってすぐ頭に入ってきたもんな。

もっと事前に出演者とか時代背景とかいろいろ調べてたらもっとすんなり理解出来たんだろうなぁという反省はある。あるけどそれ前提でドラマ作られてもなぁという気持ちもある。ドラマ初回なんて、もっと気軽に「見てみようかな~」くらいの気持ちで見られる方が良くない?それとも私が「理解しなきゃ」と気負いすぎているだけなのかなぁ。

一番混乱したのがビートたけしさん演じる志ん生師匠の立ち位置というか役割。なんで突然落語が出てくるのかわからなかったし、ビートたけしさんの演じる時代が明治なのか昭和なのか混乱しながら見てたけど、あとから考えたらビートたけしさんは昭和パートの人だというのは明白だったんだよな。テレビで落語を見てる人がいるってことは確実に昭和…考えてみれば当たり前だわな。ただ、私の中で明治~昭和初期(=太平洋戦争後あたりまで)って変化が急激すぎてかえって渾然一体としてるので、それをこうやって矢継ぎ早にいれかわり立ち替わり見せられると混乱しかなかった。そして見終わってからサイトとか調べてやっと、志ん生師匠が(昭和時代に)明治パートを語るという演出だということ、そして志ん生師匠の若い頃が森山未來さんで、途中から語り手が変わったのはそういう演出だったということがわかった。わかりにくっ!まぁ私の理解力の問題かもしれないけども。

まだ一回しか見ておらず、見直したらもっと理解度が深まることは確かなので、あとでもう一回見ようかな~とは思っている。とりあえずの記録として混乱の極みの初見感想を残しておく。

初めてオリンピックに選手を送り出そうとする嘉納治五郎の話がメインになってからはすごくわかりやすく面白かった。天狗倶楽部の暑苦しく胡散臭い感じが本当に興味深かったし、御曹司っぽい三島弥彦生田斗真さんめっちゃハマってた!)の悪気のない傲慢な言い分とか本当に「らしく」て最高。それ以外の倶楽部員も濃いメンツばかり&むさ苦しくて無駄に脱ぐという誰得な演出だったのがまた良かった。それに一見振り回されてる感がありつつもしっかりちゃっかり自分の理想のための足場を固めちゃったりもするのが嘉納治五郎という人なんだとすんなり納得できたのも良かった。

オリンピック、果てはスポーツとは「楽しい」ものなんだ!という治五郎の主張に、思わず「確かにそうだよなぁ」と言われてみればの目から鱗感を得るなど。最近、スポーツを見るためにルールがどうとか選手がどうとか余分な情報で頭でっかちになってる感、確かにあるなぁ。スポーツに限らず、ドラマを見るときも脚本家がどうとか演出がどうとか、やっぱり情報優先で見てるところがある気がする(というか自分がそういう見方が好きという面もある)ので、そのあたりをリセットすることを考えたりするのもいいかも。

杉本哲太さんの演じる永井教授が選手派遣を反対するのにも一定の正論みがある作りだったのも良かった。「国民の期待を背負わされて走らされる」というのは確かにそういう面もある(というか今現在も解消されていない問題だ)と思うし、それが解消されることは絶対にないとも思うので、今後ずっと抱えていく課題なんだろうな。その上で「せっかくやるのだから精一杯楽しく!」という目標とどうバランスを取って向き合っていくのか、考え続ける必要があるというメッセージでもある…のかなぁ?一応そう受け取った。

あとは最後の金栗四三の激走までノンストップで面白かった。特に赤い隈取り(帽子の色落ちw)が歌舞伎然としてるところとかサービス精神の塊って感じ。赤い色が落ちたのは史実らしいけど、隈取り風だったのはオリジナル…だと思ってるんだけど、どうなんだろう?最後にようやく主役が出てきたので、しばらくは金栗編モードで落ちついて鑑賞…できるといいなぁ。

クドカン脚本は「あまちゃん」がドストライクで大好きなので今年の大河も楽しみにしていた気持ちはあれど、大河っぽくない大河(謎定義)になりそうだなぁという漠然とした不安も発表時からず~っとあって、心から「面白かったぁ~!」と言えるか心配な面もある。年末にはそれを蹴散らす満足感で満たされていることを祈りつつ。近年の傾向を見る限りなんとなく叩かれ大河になる予感もするので、なるべくメディアの評価とか無責任な視聴率記事とかから目をそらしつつ、自分なりに楽しんで一年間お付き合いしたい。

そういえば、今回「夜明け前」で次回「坊っちゃん」だったから、サブタイは本の題名縛りでいくのかな?私は文豪の名作をほとんど読んでいない人間なので内容とは全然比べられないけど、そういうコダワリの小ネタは全力で応援したい。楽しみです。

西郷どん 第47回「敬天愛人」

思った以上に最後までドンパチしてたな~。そういえば清盛とかも最終回駆け足壇ノ浦だったっけ。最後までだらけずに画面に集中できるので、最終回が巻き展開なのは結構好きかも。真田丸が終盤の盛り上がりが(私の中では)完璧なまでの構成だったので、脳内でラストはあれくらい盛り上がって欲しいと無意識に考えてしまうけど、普通に考えたらあれは三谷さんの大河のために練りに練った構成力があってこそなんだろうし、一年間撮影に追われて走り続けなければいけない制作陣にとって最重要なのは「破綻しないエンディング」で、そういう意味ではとりあえず締めてきた感のある最終回だった。うん、締めようとはしてた。その意欲は充分に伝わった。

最後の最後で政府軍の西郷助命の降伏勧告に対して、半次郎が降伏を勧めてきたのはちょっと意外だった。なんか先週までの勢いだと死なばもろとも精神で担ぎ上げたのかと思ってたので。そしてそこで初めて明かされる西郷の真意!「不満を持つ武士を抱えて死んでいく」ってそのまま全部口にしちゃうのがちょっと残念だった…!この西郷はそういう気持ちだったのか、とここで初めて知る衝撃。もうちょっとこう…匂わせてくれても…いや、第40話でそういう感想書いてるからその時は多分そう思えたんだとは思うけど、ここ数回「ボウズシサツ」で呆然としてた西郷がやたら印象的だったので、てっきり「どういうことだ一蔵どん!」って胸ぐら掴みに行く気満々だったんだと思ってたよ…。

あと、仲間相手にその真意を口にしちゃうのもびっくりした。あれっていわば目の前の仲間に対して「俺たちは時代遅れの種族で滅びた方がいいみたいだから一緒に滅びようぜ!」って宣言に他ならないと思うのだけど、それってあの時点ではみんなで共有出来ていた心境ってことだろうか。最初っからそんな心持ちで蜂起はしないと思うんだけど、「武士の不満をぶつけて新政府を倒すぞ!」から「どうせ負けるけど最後に一泡吹かせてやろうぜ!」に変化した経緯とかタイミングとかがきっちり描かれていたら、もっともっと共感出来たんだろうに…まぁ共感出来すぎると(八重の桜みたいに)見ててツラすぎて多分批判のご意見がたくさん来ちゃうので、マイルドにした結果なのかもしれない。

思えば西郷のこの流れって月照さんと入水するときと流れが一緒だよなぁって思ったりも。あの時も西郷自身は死ぬ必要はなかったけど、月照に付き従う形で一緒に入水しようとしたわけで。今回は形としては自分が先導しているけど、西郷自身は新しい政府のやり方を受け入れていた(と描かれてたよな?)のに、不満を抱える周りの武士たちを放っておけなくて蜂起したように見えたし。そうやって相手に共感して生きるというのは実際に西郷の本質だったのかもな~と思うんだけど、であればそこをもっと魅力的に描いて欲しかったよなぁ~。最後まで主人公に心情的に寄り添えなかったのが残念。

戦闘シーンはショボいなりに(ショボい言うな)頑張ってたと思う。西郷が笑顔さえ見せて戦闘モードになってたのはなかなか興味深かった。鈴木亮平さんは結構クレバーに積み上げてキャラを作る人だと思うので、この時点では西郷達は既に戦をスポーツのような気持ちで楽しんでいたという解釈なのかもしれない。自分たちが死んで行くために政府軍に戦を仕掛けるというのは果たして西郷にとっての敬天愛人だったんだろうか、というのはちょっと考えてしまうけども…。全ての人を自分を愛するように愛する、の行き着く先が西南戦争だったという結論は…このドラマを見てる限りではちょっとすんなり受け入れるのは難しいかなぁ。

西郷の最期。最愛?の斉彬の「刀をぶら下げた武士の世界は終わる」という言葉を、不平武士が滅びることで「これで斉彬様の目指した世界が」って解釈するの斜め上過ぎませんか!?!?斉彬はそういう意味で言ったんじゃないと思う…武士が藩主となって民から年貢を搾取するみたいな封建制度が終わるってことが言いたかっただけであって、別に刀に象徴される武士という存在をこの世から消すことを想定してたわけじゃ無いと思うんだよな…。なんか上手いこと言って全体を締めよう感が漂っていた。これ知ってる…八重の桜の最終回で見たやつだ…。

西郷の自決を描かないってちょっと新鮮。有名エピソードをあえて外してくるのは映像的な理由なのかなぁ。西郷の自決のシーンを描いても描かなくても、この作品の印象って変わらないと思うので、こういう改変は別にいいんじゃないかなぁと思ったり。最期に満足して薩摩の大地に仰向けにごろんとなって死ぬっていうのは、せごどんとしては最高の死に方だったんじゃないかなって。そういう心象風景だと思えば良い終わりだった。

大久保の慟哭シーンは(シーンそのものは)感動できる出来なんだけど、大久保がどういう思惑だったかわかりにくくて…まさか西郷が助命勧告に従うと信じてた?従わないとは思ってもみなかった?そうで無ければあそこまで衝撃を受けることはなかったよなぁ。従わないという可能性を(受け入れられなくて)あえて考えることを拒否していたという解釈もありか。でも大久保ってそういうキャラだったっけ?むしろ常に最悪のシナリオを想定して、そうならないために全力で西郷を新政府から追い落とそうとしてたんじゃなかった?それに西郷が助命勧告に従わないことを考えなかったとすると、ここでも大久保は西郷を全く何も理解していないことになるんだよな…その辺でね。感動する気持ちをね。奪われてしまったんだよね。一心同体の親友同士のはずなのに、一度もわかり合っていないような西郷と大久保…なんだかとても虚しい。

最後に大久保の暗殺を描いていたけど、西郷が抱えていったはずの「武士の不満」は残り、結果的に大久保の死を招いたということになるわけで、そこもとても虚しかった。でも多分この虚しさは作り手の想定内なんだよな?西郷の「自分が死ねば戦はなくなる」は幻想で、むしろ大久保の死の引き金になってるという事実を突きつけてるってことでいいんだよな?最終回でこんな皮肉を突きつけられる西郷…哀れ。

なんだかなぁ…最後までクサしたくはないんだけど、やっぱり見終わって「で、結局西郷本人は最初から最後まで何がしたかったんだろうなぁ」って総括できちゃうのがちょっと切なかった。時代に取り残された者たちを全部引っ抱えて死んで行くというのは、後世から見たら西郷に対しての最大限の「生きた意味」だと思うのでその結論で最後を描くのは納得なんだけど、だからこそ西郷がどこでその考えに至ったか、その意思をどう描くかが大事なわけで、こんな風に最後の最後で自分の口から語られて初めて「そうだったのか」って思うとか無粋な極みだと思うわけで…。つくづく残念。

唐突な慶喜とふき!ふきの言い草が相変わらず「なんでこの人はこんなにわかったような顔で西郷贔屓なことばっかり言ってるんだろ?あなたに西郷の何がわかるの?」感に溢れていて、ブレてないなって。

前回「そんなとこで解き放たれても!?!?」と私の中で非難囂々だったワンコの帰還を描いたところは百点満点を献上したい。そこだけで私の中の中園さんの株が爆上がりした。

一年間見終わって、最後までいろいろずっとクサしてきたけど、でも嫌な気持ちにならずにずっと見続けられたし、感想も全話分ちゃんと残せたので有意義な一年間だったんだと思う。久光様最高。俳優さんたちの演技がとても熱量があって、圧倒されっぱなしだった。制作陣のみなさま一年間おやっとさぁでした!