いだてん 第23回「大地」

前回さんざん感想に悩まされた「女性解放を訴えるための方法」的な部分は、今回えっらい雑に「父親と娘で走って競争」で収束して拍子抜けだった。いや~お父さん、いくら女性と言えど18歳の若さに勝てると思ってるとかちょっとスポーツを舐めすぎでは…?と一瞬思ったけど、今の女子生徒はそれこそごく一般的な体育は男子とほぼ同じことやってて若いうちは身体能力が高いというのも常識だけど、基礎的な「体を鍛える」ということすらこの時代は(特に女性は)してないという状況だったのか?と気づいて、改めて「普通の教育」って大事だな…としみじみ思うなど。今の私が当たり前のように享受している「普通」も、昔は全く普通ではなかったんだと改めて思うのはこういう時。いついかなる時でもちゃんと忘れないようにしたい。それに「普通」になったはずの今でも理不尽なことは全然なくなっていないことも忘れずにいたい。

村田父はわかりやすい男尊女卑男性ではあったけど、多分突き詰めていけば富江ちゃんをきちんと認めることのできる人なんじゃないかという予感が、負けた後の虚勢を張る姿のかわいらしさ&後半の震災シーンで表現されていたように見えて良かった。こういうクドカンさんの「下げっぱなし」じゃないところ、とても信頼できる。

そして、冒頭の女子スポーツ勃興の一場面を些細な事にしてしまう、圧倒的な関東大震災の描写に思わず唸る。あまちゃんでの東日本大震災描写を見た時も言葉もなく見入ってしまったけど、クドカンさんはこういう「抗いようもない災害を被ってしまった人間の弱さと強さ」みたいなのを描かせると本当にすごいものを出してくるな…。悲惨さを前面に押し出した映像とかはほとんどないのに、さりげないメタファでこちらの想像力をぐわんぐわん揺さぶられた。孝蔵が瓦礫の壁の前で映像を投影されながら喋るシーンとか、うわぁ、すごい映像見てる…!ってゾクゾクしたし。

登場人物の感情が動くことを表現するシーンで「脚本と演出と役者の演技が神がかってる」というパターンは、大河を見てるとだいたい1年通して数回くらいはあるよなって思うのだけど、今回の孝蔵がただ震災の状況を喋っているシーンは、誰かの感情が(少なくとも表面上は)動くわけじゃない、すごく魅せるのが難しいシーンなんじゃないかと思っていて、そこでこの「脚本と演出と役者の演技が神がかってる」という最高の状況が作り上がったのが本当に素晴らしかった。願わくばリアルタイムで見て感想書きたかったよね…。でも世間から時期がずれてるからこそ落ち着いて自分の頭で感想を書き残せるのかもしれないと思うので、これも良かったと思うことにしよう。

9月1日の浅草凌雲閣。正午直前に清さんと小梅とすれ違っているので、シマちゃんも助かっていて欲しかったけど、五りんの話でほぼ絶望的となってショックだった。まさかシマちゃんが関東大震災で退場するなんて…でも嘉納先生と四三とミルクホールで「まだこれから走れるよ」って話してるとこでもうフラグ立ちまくってたもんなぁ。

増野さんが「増野シマさ~ん」って探す姿がさぁ…呼び捨てじゃなくてフルネーム+さん付けっていうのがさぁ…増野さんの性格をよく表しているようでグッと来てしまった。そして増野さんがシマちゃんを探しながらも心の中でどこか諦めているのがわかってしまうの、すごく胸が痛かった。増野さんに「既に諦めかけている」と自覚があることがさらにツラかった。自然と「走って欲しかった」と過去形になってしまっていることがしんどかった。でも、その気持ちがわかりすぎるくらいにわかってしまうのがイヤだった…自分もこういう時すぐに諦めてしまう方だからこそ余計に抉られた。

清さんと四三が出会えた奇跡。この時代、テレビもなくラジオは…(調べた。大震災は1923年、ラジオ放送開始は1925年だから)ない、広く情報を届ける手段のない時代。張り紙の尋ね人広告だけが頼り…なんとも想像もつかない社会がたった100年前だということがいまだに本当の意味で理解できていない気がする。それでも再び会えると信じてお互いを探して歩く姿に言葉もない。

清さんがひとしきり四三との再会を大げさに喜んで、そのあとに増野さんに気付いて「つらいことばかりだから、ちゃんと喜べることを喜ばないと」というのは、東日本大震災の後の過剰な自粛ムードに対する応えでもあるのかなぁ。自粛ムードというか、自粛ムードに便乗して他人の言動を諫めようとする動きに対する反論というか。虎の威を借る人の言葉にはこれからも抗っていこう、と妙な決意を新たにもしたり。

ビートたけしさんの志ん生パート、今回なんかすごくよかった。いつもは、ビートたけしさんはどう見てもビートたけしさんで、全然落語家さんに見えないなぁと思ってたんだけど、今回「どうして別れないのか?」「寒いから」というのを五りんに説明している部分の喋り方がなんかすごく「粋」な感じで、あぁ「フラがある」ってこういうことなんだなぁって理屈じゃない部分で理解した気がする。この「寒いから」が若き孝蔵夫妻の初めての心の触れあいっぽいシーンに繋がるのも、小細工なんだけどすっごい上手かった。でもやっぱり孝蔵のやってることはクズそのもので許せないけどな!(孝蔵みたいな人物がリアルで自分の目の前にいたら軽蔑の視線を送ってしまうだろうなという意味であって、孝蔵というキャラクター造形そのものはすごく好き)

次で第一部完。世間は人見絹枝で盛り上がっている…早く追いつかねば…