いだてん 第11話「100年の孤独」

ここでこのサブタイトル、ゾクゾクする~! たった一人で陸上短距離という圧倒的不利な種目で競った弥彦の孤独。でもこの言葉は本当に孤独なわけじゃなく、その後に続いたたくさんの(残念ながら結果は残せなかった)選手たちがいたことを間違いなく感じさせる言葉でもあって、孤独でありながら真の孤独ではない、ほんのりと希望を感じる言葉なのがとても秀逸だなぁと思った。

アバンから圧巻だった。嘉納先生の無邪気な「自分がいない間に何があったんだ?」から「遅れてきてよかった!」までの圧倒的ペテン師感ハンパ無いな!?真田昌幸がいる~!!って思ったもんな。草刈正雄でないことが不思議なくらいの圧倒的昌幸感がすごい。でもさすがの役所広司。パチモン昌幸とならずに、昌幸よりもなお無邪気で、だからこそ質の悪そうな(褒めてる)嘉納先生像は役所広司さんだからこそだよな~。周りの人間として笑うしかない雰囲気が本当に脱力だったし、弥彦や四三のポカーンとした顔も含めて全てがホント素晴らしかった。

「JAPAN」ではなく「日本」のプラカードでなければ出ないとごねる四三。これまでの飄々とした彼らしくない強く激昂した口調を意外に思うと同時に、四三ならこれくらい頑なに我を通そうとするだろうなぁと妙に納得してしまう自分もいる。意地になってる部分もあるだろうけど、四三にとっては譲れない矜持だったりもするのかもしれない。普段あまり大きく感情を曝け出さない四三だからこそ、この時緊張の極地となっていることがわかるし、その中で「日本のスポーツの第一歩となる」という嘉納先生の言葉をどれだけ心の支えにしてきたんだろうっていうその素直さが際立つ場面でもあった。こうやって「自分はこの部分に拘っているので譲れない」って強く主張できるのって大事なことだよなぁ。

四三の強い要望で、プラカードの表記は「NIPPON」に決定。嘉納先生のこういう時の判断力、本当に信頼できる。多分嘉納先生にとってはJAPANでもNIPPONでもどっちでも良くて、周りの人たちはJAPANの方が相応しいと思っていて、でも四三のコダワリは彼にとって絶対に譲れない部分であるということを(多分本能で)察知して、何とか丸く収めるこの手腕こそ正しく偉大な指導者の証だよなぁ。だからどんなにペテン師臭くても誰もが心酔してついていくんだろう。

押し花をして気持ちを落ち着かせようとしてる四三に「そんなに責任を背負い込むな」と言う場面も良かったな~。嘉納先生は心底スポーツ馬鹿でオリンピックのために無茶をし過ぎる部分とか本当に厄介な人だと思うし、スポーツ振興とオリンピックを重要視しすぎているとも思うんだけど、目の前に苦悩する選手がいたら何をおいてもその選手を優先して考えることが出来る人なんだよな。自分の理想や夢のために他人を犠牲には絶対にしない人だと思える信頼感。逆に言えば、そこまで大した苦悩ではない場合は選手は否応なく巻き込まれて迷惑をかけられるわけだけど、最終的に巻き込まれた人間は嘉納先生に心酔していくんだろう。いやぁ、本当に魅力的な人だ。

今回もメインは弥彦。レース直前の極限の緊張状態で、大森監督の「敵はタイムだ。他国の選手は敵ではなく、同じタイムという敵に挑む同士だ」という言葉で平静を取り戻す場面。感動的なシーンなのに弥彦に「もっと早く、出来れば三週間早く聞きたかった」と言わせちゃうのがこの脚本なんだよなぁ~。でもここでこれを言うからこそ、兵蔵が病で監督らしいことがほとんど出来なかったことを、弥彦は根に持っていないということもわかる。口に出してイヤミが言える程度にはモヤモヤをきちんと消化しているんだって感じられて、見ていてホッとできるんだろうな。こういう部分が脚本への信頼に繋がってるんだと思う。

100メートル予選。半ば結果がわかっている弥彦本人に比べて、応援する側はどうしても「勝たせてやりたい」という気持ちが強く出るという対比が身につまされた。四三の「神よ、わが友に勝利を」のセリフ、本当にいろいろ詰まっていて痺れた。弥彦を「わが友」と呼ぶこと。こういう時にやはり人間は神に祈ってしまうのだなぁというあきらめのようなもの。そして「勝利」を願ってしまう欲深さ。この時の「勝利」が何なのかは四三自身にも多分わかっていなくて、レースの結果的には惨敗で、四三もなんとももどかしい表情をしているんだけど、弥彦に兵蔵が走り寄って記録を見せた時の笑顔を見て初めて、弥彦が「記録に勝った」ことを悟って心から喜ぶ姿に、なんか本当に感激してしまって。何を勝ちとするか、何が負けとなるか、それは本人が自分の中で決めることで、その勝ち負けに自分が心から納得したら、外野の評価というのはあまり気にする必要もないものなんだよな~と(当たり前のことを)再確認しただけで妙に感動したりしてしまった。

400メートル予選はたった二人の走りで、上位2名が予選通過だから順位は関係なくて、それでもやっぱり弥彦は2位で、「予選通過だ!」の言葉をあそこまで空しく響かせるの、作り手の本気をぶつけられてる感じした。そして「察してください」という弥彦の言葉がまた重い。勝ち負けは自分の中で決めればいいという当たり前の真理が、世間では通用しないのもまた生きている限りは真実で。でも他人と生きる限りはそれを何とか折り合いをつけて生きていかなければならないわけで。何ともままならない人の世であることよ…。みたいなことをぐるぐると考えてしまう回だった。

大森監督がさぁ、要所要所で体調悪そうな演技挟んでくるのがもう痛々しいのなんのって。それでも表情は明るくて、それがまた自分の運命を悟っているかのようで、まるでそれが本望だと思っているかのようで、悲しい。

さり気なく孝蔵の話も毎回ちょっとずつ進んでいて気になる。初高座の嬉しさと怖さ、飲まずにいられない孝蔵の弱さとそれを当たり前に受け入れてくれる清さんの存在の心強さ。いやぁ、このあたりの落語家の想いはこの前まで見てた「昭和元禄落語心中」を思い出すな。また見たくなってきた。

時々出てくる昭和パートが今のところ完全なコメディ枠なのだけど、これも今後大森夫妻のように効いてくるフックなんだろうか。とにかく楽しみ。早く視聴を追いつかねば…(さらに周回遅れを重ねつつ)